13)今次大戦で、日本国民が、再確認しなければならない事
13)今次大戦で、日本国民が、再確認しなければならない事
―大東亜戦争目的は植民地の解放であったー
『銃後の小国民
昭和一五年は『金鵄輝く日本の、栄えある光身に受けて・・』の歌に代表される『皇紀二千六百年祭』の祝賀で国中が沸き上がっていた。
『尋常小学校』が『国民学校』と名を変え、国中は戦時体制が強化され私達は銃後の小国民となり、
『男女七歳にして席を同じうする無かれ!』
と教えられ学校は男組、女組に分けられ戦時体制の教育が始まった。その時私は国民学校の二年生になった。そして毎朝、
『私達は天皇陛下の赤子です!』
『私達は大日本帝国の銃後の小国民です!』と唱和し、四海の人(アジアの人)を導きて、
「アジアを侵略して数百年の欧米を打ち倒し、アジア人を解放して日本人の指導で世界平和を築くために尽くそう」と誓い、
「東亜侵略百年の~ ♪野望は、此処に覆す♪、♪今ま~決戦の~時来る~♪・・・・」
と歌いながら銃後の小国民は育てられた。
当時の、アジア諸国は、インド、ミャンマー、マレーシア、シンガポールは『英国領』。
インドシナ半島のベトナム、ラオス,カンボジアは、フランス領、『仏領インドシナ』。
南方諸島呼ばれ呼ばれた、インドネシアはオランダ領、『蘭印』。
フィリピンは『アメリカ領であった。』
大東和戦争が始まり、フイリピンだけが、
『この、戦争にアメリカに協力して、勝利をした後に独立国させてやる。と、アメリカ政府の約束を取り付けたのである』。
即ち、アジア諸国で独立国は日本とタイ国だけであった。そのタイも、英、仏の植民地の境界線争いの緩衝地帯の役割りが多かった。
★この様に、アジア諸国が全て欧米列強の植民地であったのが、大東和戦争が日本の敗戦で終了した後も、日本軍が進駐中に訓練を受けた現地の若者が先頭に独立戦争を戦い、始めて独立を勝ち取ったのである。
★日本経済新聞の平成一七年九月三0日の文化欄に出ている『帰らなかった日本兵』を読んでみると良い。
こんな事をいうと、私の事を、偏狭な右翼か国粋主義者と思うかも知れないが、どちらでも無い。何でも、分類したがる現在社会で、強いて言えば私は、『保守系、無党派層』である。
★それでも我々は、この歴史の事実を厳粛に受け止めなければならない。
『この文章に引用されているように、アジア諸国は全て欧米諸国の植民地であった』。
この植民地の苦役からアジアの民を解放して、独立国にさせ、経済も発展している。
発展した経済が市場となって旧・創始国に提供し、相互に利益を得ている。
★今次大戦で植民地を全て失った、英、仏、蘭も、市場としての利益で、ほぼ、満足していて日本を恨む者等ない。
我が日本も、戦争には敗れたが、旧・創始国の英、仏、蘭、解放された植民地だった国々を市場として経済は発展し、アメリカに次いで世界二位の座を保っていたが、お隣の人口大国シャイナに抜かれ三位となったが、経済大国に違いない。
★太平洋を戦場にし、死力を尽くし戦った同士は互いの戦闘を讃会い、戦いが終わればノーサイド(敵味方なし)で、『日米安全保障条約を締結』し、今では、最高の同盟国である。
そして、星条旗を掲げた、原子力空母機動部隊を、旭日章旗を掲げた日本の護衛艦が警護し、太平洋を遊弋する姿を見れば、今次大戦で命を落とした、軍民合わせ、数百万の魂も、安らかに靖国神社の宮殿で眠れるであろう。 第一章 (完)
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